『惑星アルバ・カーン:中編』





 花々が咲き乱れ、美しい森や草原が彼方まで続いている。先ほどの荒野とは大違いだ。
「にゃ〜〜〜〜〜〜〜〜」と、えもにゅーは言ってからごろごろ寝転がり、
「ぬわっ!?」とロヴィンは思考停止状態に陥っている。
「…なんや…ここは…」とノースは呆然とし、歩こうとしてルウと手を繋いでいることに気付いてゆっくり手を離す。
「ふにゃ〜、ここはどこにゃ?」と、メル。うろちょろしようとして、手を繋いでいるノースにやわらかく止められる。
「あれ?ここ、どこですか?」とリカエナは言って、気持ち良くなったのか、寝転がってみたりしている。ひととおりそうしてから起き上がり、人家があるかどうか見渡してみるが、何もない。
「このような場所があるとは」と、ル・ファイ。「探索に行っても良いか?」とアイラとルウに返答を求める。すると、「それはあとで……」とぎこちないアイラの笑みが返ってきた。
「なんだ…? どこだ、ここ?」とレイヤもつぶやき、探索したがったがアイラの言葉を聞いてあきらめたようだ。
「…あれ、ここは…、…また、あいつにのっとられそうになったのか、僕は…」とルカはぶつぶつ言って、状況把握しようときょろきょろしている。
「…なんだここは」と、シュバは全員きているかと、持ち物の確認をする。大丈夫、皆いるようだ。持ち物も特になくなったものはない。
「こ、ここは、一体……」と、ユフナメイシャは愕然としたように、でもぼうっと魅入られたように景色を眺めている。
「ここは、この星…アルバ・カーンの中枢、『核』に近い場所です。以前は皆、こんな景色だった……」
 ルウが、馬から降りて近くの樹に手を当てる。
「この星アルバ・カーンは『黄金竜の魂』という意味。その名のとおり、竜の魂を『核』としてこの星はあるのです。ルウの言うとおり、ほんとうに美しい星でした…でも」
 アイラは哀しそうに目を伏せ、しゃがみこんで花を一輪、愛でる。
「最近になって、人々の邪な心が生み出した黒い影が、『核』に近付きつつあります。そう、私のサイナ国とルウのラサ国が戦争をはじめてから一層強く。そして、この星は荒野に包まれ始めました……」
「そして、『核』はあちこちに『竜の道』……つまりあなたがたがとおってきた穴をあちこちの空間に開け、力になってくれそうな勇気ある人間を求めたのです。そして、来てくださったのがあなた達です」
 ルウの言葉に、ロヴィンが「冗談じゃねーよ」と舌打ちする。
「来てくださった、だって? 俺達はただ強制的に吸いこまれただけだぜ」
「ロヴィンさん、そういう言い方は、ないです……」
 小さな声で、弱々しくユフナメイシャ。
「あなた達からすれば、強制的ではあったでしょう。しかしこれは、どうか運命だと思ってください。『核』があなた達を選んだのです。あなた達ならきっと救ってくれるに違いない、と『思った』から……あなた達はここにきたんです。だいじょうぶ、この星を救ってくだされば、元の世界に戻されるはずです」
 ルウが唇を噛み締めるように言う。
「できれば……わたし達自身の手でなんとかしたかった……でも、皆戦争に気を取られていて、誰もこの星の危機に気付かない……愚かなわたし達を許してください」
 アイラの瞳から、涙が零れ落ちる。
「泣かないでください……。とすると、この星を救わない限り、元の世界には戻れないということか……」
 最後のほうはつぶやくように、ル・ファイ。彼はもう、あらかた覚悟を決めたようだ。
「……運命に従うってのは気に入らねぇけどな」
 レイヤはそう言って、しばらく考えこむ。
「いくら出すにゃ? 珍しいものがもらえるなら、やってもいいにゃ」と、えもにゅー。
「やらなきゃ戻れないのなら仕方がない。面白い土産話ができればそれで十分だ。まぁ変わったもんなにかもらえるならそれに越したことはないが」と、笑いながらシュバ。
「…しゃあないなぁ…利害も一致しとるしな…事情の完全な説明はしてくれるんやな?」と、後ろ頭をぽりぽりかきながらノース。
「帰るにゃ、これやるしかないのにゃ…?そうなのにゃ? ばくはつぶつ関係でなにか手に入るなら、なおさらいいにゃ…」と、何気なく物騒なことを言うメル。
「まぢ、ですか……」と、リカエナ。ちょっと困った顔をしているが、しばらくしてため息を小さくついた。あきらめがついたようだ。
「いや、別に…その依頼受けないと帰れないんなら、なぁ? それなりの報酬は欲しいけどな」と、ちょっと笑いながらレイヤ。
「僕なんかでよければ、ぜんぜんお手伝いしますよ」と、こちらは一番乗り気そうな、ルカ。
「選りに選ってなんで俺たちを呼んだんだよ、もっと強いヤツいくらでもいるのに……。まあ、無条件で引き受けるけど、帰りたいし」と、仕方なさそうにロヴィン。
「救えるものなら救う、いかんせん我らは英雄でもなければ勇者でもない。ただの”冒険者”にそのようなことができると思っているのか?」と、もっともな意見をル・ファイが言う。
 アイラとルウは一度顔を見合わせ、一同を見渡した。
「報酬……でしたら、後程宝物庫にご案内します」
「ただの冒険者でもいいんです…この『核』が選んだことならば……」
 アイラとルウが言うと、「それだけ運命に身を任せてるってことなんですね……なにか、哀しいですけど……これも神の試練なのでしょう……私も、引き受けます」と、最後にユフナメイシャ。
「で、具体的にどうすればええんや?」
 ノースが尋ねると、アイラは言った。
「邪なものを作っているのは、先ほど言ったとおり、恐らく人間達の邪念。この星を救うには、戦争を止めるか、黒い影を倒すしかありません。でも、この勢いでは戦争はすぐにはやまない…それだけ人々は憎みあってしまっているのです。あの黒い影は、聖なる願いに弱い。どうか、このわたしとルウの願いをこめた珠を持ち、黒い影と戦ってください。この珠はあなたたちを救ってくれるはずです」
 そして、袋の中から蒼く光る美しい珠玉を取り出し、一番近くにいたノースに渡した。
「聖なる願いは、多いほどいいかもしれませんね……」
 ユフナメイシャが推測で言うと、王子と王女は頷いた。
「こいつらに『聖なる』ものがあるのかわかんねぇけどな」
 少々の皮肉もこめて、ロヴィンがえもにゅーとレイヤを見る。喧嘩になりそうになるのを、「や、やめましょう……」とルカが止めに入る。
 一悶着もあったがなんとかそれぞれに「聖なる願い」を珠に向けて願い、一同は再び来た時のように手を繋ぎ合い、アイラとルウの「瞬間移動能力」によって元の荒野に戻された。
  ------ が。
「!」
 メルの肩に、矢が刺さった。
 はっとして見ると、いつのまにかたくさんの馬と人間が諍いあっている。
「馬鹿な……もう次の戦争が始まったのか!?」
 ルウが顔を歪めて馬に乗る。
「アイラ、その人達を頼む!」
 そう言い、戦場へと駆けて行く。メルは流れ矢に当たったらしい。
「まだ抜くな、出血がひどくなる」
 冷静なル・ファイの言葉に、混乱しかけた一同は小さく頷き、アイラの指示で手を繋ぎ合う。この星の王族には、アイラとルウのような瞬間移動能力があるらしい。
 次に出たのは、きらきらぴかぴかした宝物庫だった。
 えもにゅーが歓喜の声をあげ、踊りを踊る。その横で、リカエナとル・ファイがメルの傷の手当てを終える。
「これもらっていいにゃ? もらっていいのにゃ? いいにゃね?」
 瞳がきらきらしているえもにゅーに、アイラは押されつつも「ええ……好きなものをお持ちください。でも、早くしないと黒い影がまた大きくなります……」と応える。
「この星のお金はきっとオレ達の世界じゃ使えないよな……だとしたら、金か…?」
 レイヤもぶつぶつ言っているところに、ロヴィンが後ろからチョップをかます。
「この非常時に何やってんだよ! ほら、とっとと行くぜ!」
「役に立つものでもなんでも、持ってください……では、『核』に行きますよ。手を繋いでください」
 真剣な王女アイラの言葉に、一同はそれぞれに獲物を持ち、手を繋ぐ。
 瞬間、

 ぱぁっ ---------

 視界が真っ白になった。否、視界ではなく、景色そのものが。
 そこには巨大な黄金の珠と、そして……それに近付こうとする黒い影。
「では、わたしは民のところへ行きます。戦争の時に王女であるわたしがいないわけには行きません……許してください」
 アイラはつらそうに言い、背を向ける。
「待てあんたがいないとここから帰れないのでは?」
 シュバが尋ねると、「黒い影を倒せば……なんとかなるはずです」と、声を残してアイラは消えた。
「いいかげんにゃ! 全然役に立たない王女にゃ!」
 えもにゅーが言うと、ロヴィンがその尻尾を踏む。この世のものとは思われぬ先ほどの景色ならぬ断末魔の叫びを上げたえもにゅーに、しかし一同は見向きもしない。黒い影がこちらに迫って来る。
「神よ、どうか少しばかりの恩恵を……」
 クレリックであるユフナメイシャが全員にブレスをかける。
「戦闘開始、やな」
 ぺろりと唇をなめ、ノースが半眼でにやりと笑った。






《後編に続く》