『惑星アルバ・カーン:後編』





 黒い影がこちらに向けてやってくる。ファイター達が前衛に並んだ。と、ノースの手から蒼い珠が自然に離れ、彼らの前に浮く。
 すると、その珠色に球形の光の壁ができあがり、一同を包み込んだ。
「防御壁か?」
 矢をつがえながら、レイヤ。
「僕達を救ってくれるって言ってたのは、このことだったんですね」
 と、ルカ。
「何にしろ、ありがたい。行くぞ!」
 ル・ファイが黒い影に向けて斬りかかる。黒い影はあっさりと分断された。
「なんだ、意外に弱いんですね」
 リカエナが言うが、実際そうではなかった。
 黒い影はふたつに分かれただけで、邪悪な気配は増すばかりだ。
「ちがうにゃ、ふたつにふえたのにゃ〜!」
 メルが爆弾を投げつけながら言う。
「お前ばかにゃ!? 攻撃して増えるなら、爆弾だともっと増えるに決まってるにゃ!」
 同じにゃーにゃー言葉でえもにゅーがメルをぽかりとやる。
 ……言葉通り。
 黒い影は数えるのもイヤなほど分かれてしまった。
「にゃ〜ごめんなさいにゃ……」
 汗をかきながらのメルに、ユフナメイシャが「わたし達は、ここから祈っていましょう……」と後ろに下がる。
「あっ……!」
 ルカが、何かに気付いた。その隣で、デミルーンをくるくる回していたロヴィンも。
 黒い影の一体が黄金の珠に触れ、そして -------- 。
「来るぞ!!」
 影の群れが一斉に、一同に向けて突っ込んできた。



  -------- 地上では。
「くっ……!」
 ルウが傷だらけになりながら、必死に戦争を止めようとしていた。
「皆、やめてくれ……! 殺し合いなんてしている場合じゃないんだ……!」
 戦争のなんとむごいことだろう。
 あちこちで血が飛び散り、馬上から人が倒れる。踏みつけられる。
 そしてルウは見つける ------- 遠くに、アイラが傷つき倒れているのを。
「 ------- 、アイラっ!!」
 空が唐突に曇る。雷が鳴る。雨がスコールの如く降りしきる。地面がなくなっていく。黒い影が……人々に向けて降ってくる。
「な、なんだ……?」
「我が国の王子が何度も言っていた……あれがこの世の終わりの化身か?」
 ようやく己達の愚かさに気付いた、戦いに明け暮れていた民達。
「珠を作れ!」
 虫の息のアイラを抱きながら、凛とした声が戦場に響いた。
 この星の民ならば皆、蒼珠を作る能力があるはずだった。
「今からでも遅くはない、珠を作れ! 冒険者達の援護を!」
 恐らく台詞の後半の意味はことのわけを知らない民達には通じなかっただろう。だが、
 ひとり、…ふたり。
 ある者は命乞いを。
 ある者はこの世の生まれ変わりを。
 ある者はこの憎しみの終わりを。
 それぞれに願い、それをこめた小さな蒼珠を作り、黒い影に向けて投げつけ始めた。
「……あの、冒険者達の、……おかげね……」
 ルウの腕の中で、アイラは儚く微笑んだ。
 ルウは血の気が引いていく禁じられた恋人の顔を見下ろし、そして再び凛と戦場だったそこを見据えた。
 人々は殺し合いをやめ、この星でたったふたつの国民達が一緒になって黒い影と戦っている。
「もう、……戦争は終わる。終わるんだよ、アイラ……」
  ------- まだ若く感情を殺すことのできないその声には、涙が混じっていたかもしれない。



 珠の防御壁がなければ、特に前衛にいたファイター達は皆命を落としていただろう。
 冒険者達はしかし、一様に身体に黒い染みを作っていた。それは黒い影が体内に入った「毒」。
「やっと、……減ってきたな」
 うっすらと、真っ白な地面を通して地上が見える。シュバはそこに、人々が珠を黒い影に向けて投げつけているのを認めた。
「こんなところで……死んで、たまるかよ!」
 レイヤが黒い影に向けて矢を放つ。黄金の珠の、先ほど黒い影に触れられた部分がしゅうしゅうと煙を上げている。それもまた、毒に侵されたのだ。
「……どれかが親玉、とは考えられないか?」
 ル・ファイが気付く。はっとしたノースが、「えもにゅー、探知魔導使えへんか!?」と打診してみる。
「いいけど…高くつくにゃよ? この長靴より高いにゃよ?」
 宝物庫から持って来た、宝石がたくさんはめこまれている赤い長革靴でとんとん真っ白な空間を蹴りながら、えもにゅー。
「とにかく、やってみてください……」
 ユフナメイシャは泣きそうだ。逆にメルにしがみついていると言ってもいい。
「いくら出すにゃ?」
 こんな時にも取引は忘れない。が、レイヤに後頭部を蹴られ、ロヴィンに尻尾を踏まれ、ふたりにひっかきの報復をして仕方なく探知魔導をはじめる。
 ルカとル・ファイ、ロヴィンが、その間にえもにゅーが攻撃されないように盾になる。
「分かったにゃ! あれにゃ!」
 前から三番目の黒い影を、えもにゅーは指差した。間髪置かず、ノースが防御壁になっていた蒼珠をひっつかむ。
「えもにゅー、信じるで!」
 そして、思い切りよくそれを三番目の黒い影に向けて投げつけた。
「あたれ!」
 メルがぐっと拳を握る。
 皆の祈りが通じたか、黒い影が避けようとしたその瞬間に蒼珠はその真ん中にヒットした。

 キイィィィィッ!!

 虫のような悲鳴を上げて、黒い影は全て霧散した。
「やった!」
 リカエナが手を叩いて喜ぶ。
「おつかれさん」
 レイヤがノースの肩にぽんと笑って手を置く。
 全員の身体から、毒が消えていた。そして ------- 黄金の珠の黒いものもなくなっている。
 異変に気付いたのは、シュバだった。
「………?」
 今までうっすらと見えていた、地上の景色が見えなくなっている。
 この場の景色も真っ白なまま変わらない。
 そこに現れたのは、アイラを抱いたルウ。
「ありがとう……これで救われました」
 アイラの顔に、既に生気はない。ユフナメイシャは、その彼女の傷を見てさとり、涙を堪えながら十字を切った。
「か、『核』が……」
 ルカの声に振り向く一同。彼らはそこに、黄金珠が巨大な竜の形に変わるのを見た。
「救われたって……地上はどうなってるんだ?」
 ロヴィンの問いに、ルウはただ微笑みを浮かべているだけだ。
 その時。
「『冒険者』達よ」
 この場にいる誰のものでもない声が、真っ白の中心から発された。
 見ると、黄金竜だった。
「間もなくこの星は消滅する。その瞬間に、そなた達を帰してやろう……我々を救ってくれた、条件だったな」
「消滅!?」
 はぁっ? といった感じでレイヤが反問する。
「黒い影は人々の邪な心でもあり、それに対しての我の哀しみでもあった。我の哀しみは我の心の黒い部分、つまり対なる我そのもの。だから我も消滅するのだ」
 黄金竜は、ゆっくりと瞬きをする。
「この星は消えます…それがこの星を救うことだったのです」
 ルウの言葉に、「そ、そんな……」とユフナメイシャが泣き崩れる。
「待て…待てよっそんなのってありかよ!」
「……そんな救い方って、あるんか……!」
 レイヤとノースが言うが、ルウの顔に憂いはない。
「泣かないでください……いずれぼく達の魂は、新しい世界に再び誕生して新たな生を生きられるでしょう」
 そして、アイラの顔を愛しそうに見下ろす。
「きっとまためぐり逢える……どんな姿でも、どんなに記憶がなくなっても、きっと。そうだよね? アイラ ------- 」
 それが、ルウの言葉を聞いた最後だった。
 冒険者達の身体が、いつのまにか現れていた一点の「穴」に吸いこまれて行く。
「待つにゃ! まだ全然報酬が足りないにゃ!」
 えもにゅーが言うが、声が届いたかどうか分からない。
 ただ、
「ありがとう……これでやっと、ねむれる……」
 その、黄金竜の一言。吸いこまれる直前に、彼らが消えていくのを、冒険者達は -------- 見た。



 気がつくと、一同は幻亭に寝転がっていた。
「穴もなくなったし、これでまた商売繁盛だな、プラム」
 イヤにご機嫌なマスターと、彼に頷くプラム。 ------- 彼らが今までどこにいたのかは、永久に不明である。
「ほら、約束の三百シェケルだ。よく穴を塞いでくれたな」
 それぞれに、お金が入った革袋が渡される。なんとなく、全員が複雑な気持ちだった。
「へにゃ〜〜〜〜」
 なんとなく情けない声を出したのは、えもにゅーだ。
「マスター、お魚にゃ。もう、ここにしかないお宝集めてがっぽがっぽにゃ」
 彼にはおよそ、切ないという気持ちがないらしい。
「ふにゃ、終わったけど、すっきりしないのにゃ」と、メル。
「…ま、何はともあれ、おつかれさんや。マスター、酒や酒」と、ノースは無理に明るく言っている。
「こんないろいろな体験をして、人は大人になっていくものなんでしょうかね…メイド修行もいったんおいといて、ゆっくり休みたいです」と、リカエナ。
「…長く生きればこのようなこともある」と、ル・ファイ。
「……マスター、珈琲牛乳」と、ちょっとテンションの下がった声でロヴィン。
「……飯でも食って、寝るかなぁ」あまりしんみりとせずに、レイヤ。
「………」ルカはただ無言で、心の中で、もっといい解決の仕方ができなかった自分を責めている。
「ふぅーまぁ一応一件落着といったところか? 今日のところはゆっくり休ませてもらう。疲れた」と、笑ってシュバ。
「……でも、これで良かったんです……きっと……」そっと目を閉じて、ユフナメイシャ。



 冒険者達は、それぞれに思いを馳せる。
 今頃、またどこかであの竜達が生まれているのかもしれない。
 少し切ない思いを抱きつつ、いつもと変わらず、幻亭での夜は更けていくのだった。





《惑星アルバ・カーン:完》